結論:子音のみを発音するというテクニック
ボーカルの Fukase は英語的なリズム感を生むために、語中・語末で歌詞の子音のみを発音するというテクニックを使っている。
みなさんご存知のように SEKAI NO OWARI の “Dragon Night” は、2014年の年末から2015年の1-2月にかけて SNS 等で注目されました。NHKの紅白歌合戦やカウントダウンTVに出演しましたし、歌詞サイト J-Lyric.net で3月28日現在でもいまだ3位にランクしつづけています。また、同様に iTunes でもいまだ5位にランクしています。
このように、ネタとしての注目だけでなく楽曲の魅力がきちんとセールスにも反映されているように見えます。
本楽曲の魅力のひとつに、英語的な発音があります。それは特に子音の発音に注目することで理解することができます。
なぜ英語的な発音が魅力的なのでしょうか。
それは、わたしたちの聴いているJ-POPがこれまでにずっと洋楽、とりわけ英語のポップスの影響下にあったことに由来していると考えられます。
本論では、 “Dragon Night” を分析することによって英語的な歌を達成するためにはどうすればいいのか、その手がかりを見ていくことにしましょう。
目次
対象楽曲および歌詞
残念ながら“Dragon Night” は公式の動画がないのでプレイヤーを貼り付けることができませんが、iTunes Store 等で試聴することができます。
Dragon Night – Dragon Night – Single
ぜひ買って聴いてみてください。
また、歌詞については「歌詞タイム」等のサイトをみてください。
Dragon Night – 歌詞タイム
理論
譜割を理解するための3つのことば
J-POPの作詞と歌唱を考えるときにとても大事なことばを簡単に説明しておきます。
それは「音節」「モーラ」「シラブル」の3つです。
これら3つのことばは歌詞の音数を数えるときに用いられる単位ですので、ぜひ覚えてください。
ところで「譜割」とはなんでしょうか?
歌を作るときには、メロディ1音に対して歌詞をどう割り当てるかべきという問題が頻繁にあらわれます。この割り当てを「譜割」と呼びます。
良くない割り当て方をすると、どんくさかったりダサい感じの歌が出来てしまいます。
かっこいい歌を作るにはどうすればいいのでしょうか。
良い譜割とは
椎名林檎や L’Arc-en-Ciel、スピッツ、平井堅のプロデュースや編曲、東京事変のベーシストとして活躍されていた亀田誠治さんは、ゆずに「良い譜割とはなにか」と質問されて次のように答えました。
『メロディの持つリズム』と、『言葉の持つリズム』の両方の力を使って、相乗効果で、メロと歌詞の旨味を倍増させること
(亀田誠治「ゆずが知りたい“音楽のヒミツ”」、2012年)
実際に亀田さんがどんな話をしているのか関心のある方は、亀田誠治さんのブログをみてください。Mr.Childrenの「HERO」を挙げて「譜割のノーベル賞」だと褒め称えています。本記事の “Dragon Night” とも関わってくるので本文から少しだけ引用します。
90年代までのJ-POPは、やたら英語を使ったり、洋楽の発音を真似た日本語にしたりして、言葉の力強さを出していたんです。
そう、譜割のリズム感よりも、言葉のアタックのリズム感を重視していました。そして、そのターニングポイントになったのは、ミスチルことMr.Childrenの登場です。
ミスチル以降J-POPの歌詞は、シンコペーションを使い、細かく、細かく言葉をきざむことによって、日本語なのに、英語の子音に負けないリズム感とパワー感を生み出す事に成功したんです。
(同上)
さて、以下では簡単に3つのことばの解説をします。まずは図をざっと見てから説明を読んでください。
[図1:モーラとシラブル]
音節
言葉に含まれる音を数え上げるときにつかう「認識」の単位。ですが、音節ということばは何を指すのか曖昧なまま使われやすい用語です。なので「音節」の代わりに、以下の「モーラ」「シラブル」ということばを使うべきです。
モーラ
日本語の音数を数える単位です。
普通、ことばをひらがな表記をしたときの1文字を1モーラと数えます。「ど|ら|ご|ん」は4モーラ、「よ|る」は2モーラです。日本語の歌はメロディー1音に対して1モーラを割り当てる(=譜割をする)ことがベーシックなテクニックです。
例:chay 「あなたに恋をしてみました」(short ver.)
chay さんの「あなたに恋をしてみました」のサビのフレーズ「あなたに恋をしてみました」は、モーラ的な歌の例です。
シラブル
英語の音数を数える単位です。
英語辞書で “Dragon” や “Apple” といった単語を引いてみてください。見出し語が大抵 “Drag・on” や “Ap・ple” のように表記されているとおもいます。「・」の前後をそれぞれ1シラブルと数えます。
つまり、その「・」がシラブルの切れ目を表しています。
実際に辞書で調べてみると、 “Drag・on” は2シラブルで “Night” は1シラブルということが分かるでしょう。英語の歌はふつうメロディー1音に対して1シラブルを割り当てます。
例:Taylor Swift – Shake It Off
Taylor Swift さんの ”Shake It Off” はシラブル的な歌の例です(英語は本来シラブル的です)。
コーラス(サビ)の “play, play, play, play, play”、“hate, hate, hate, hate, hate”、“shake, shake, shake, shake, shake” 、“shake it off” というフレーズに注目して聴いてみましょう。それらはすべて1シラブルの単語なので、それぞれの単語がメロディ1音に割り当てられていることがわかります。
譜割のまとめ
現代のJ-POPの作詞と歌唱においては、おおざっぱにいってモーラ的な数え方とシラブル的な数え方のミックスによって、譜割を行っています。そしてこれらを技術的に制御できることがかっこいい歌を作るのに不可欠だ、というのがぼくの考えです。
1曲の中でもモーラ的なフレーズとシラブルてきなフレーズが混在しています。あなたが今聴いているフレーズはモーラ的なのかシラブル的なのか、分類しながら聴いてみましょう。それだけで学べることはたくさんありますよ!
チェックテスト モーラとシラブル
モーラとシラブルを数えてみましょう。このチェックテストは、これから説明する “Dragon Night” の理解にとても役立ちます。
[図2:モーラとシラブル チェックテスト]
解答と解説はこの記事の最後につけておきますね。
日本語的なオープン・シラブル、英語的なクローズド・シラブル
さらに、シラブル的な(つまり英語的な)発音について考える際、次の2つの用語を覚えると便利です。この機会に覚えてしまいましょう。
オープン・シラブル
母音で終わるシラブルをオープン・シラブルと言います。発音した後に口が開いているイメージです。日本語のほとんどの音節はオープン・シラブルだと言われています。
たとえば、「セカイ」をローマ字で表記してみると、“SE・KA・I” となります。
英語でもオープン・シラブルのことばはあります。
たとえば “DATA” や “PHOTO” などがそうです。それぞれのシラブルは “DA・TA” 、 “PHO・TO” です。
クローズド・シラブル
子音で終わるシラブルをクローズド・シラブルと言います。発音した後に口が閉じているイメージです。英語の音節にはクローズド・シラブルがたくさんあります。
たとえば “CAT” や ”DOG” などはクローズド・シラブルです。
オープン・シラブルとクローズド・シラブルのまとめ
[図3:オープン・シラブルとクローズド・シラブル]
したがって日本語の歌においては、クローズド・シラブルの量を増やしていくことで、英語的なフィーリングを出せるようになります。
分析
「ドラゴンナイト」はクローズド・シラブルで発音されている
1番サビで繰り返されるフレーズ「ドラゴンナイト」は、最後の「ト」の音が “t” の子音のみで発音されています。つまり、クローズド・シラブルになっています。
(注:ちなみに、巷で話題の「ドラゲナイ」はオープン・シラブルです。実際のテレビやライブの演奏では確かに「ドラゲナイ」と聴こえるようなオープン・シラブルの発音にもとれますが、録音された音源でははっきりとクローズド・シラブルで発音されています)
歌詞ではカタカナ表記になっているものの、発音は英語的で「ドラーグンナーイ・t 」 のように聴こえるとおもいます。
実際に再現して発音してみました。
「ドラゴンナイト」の発音
同様に、1番サビ「ムーンライト」の発音も “t” の子音を利用したクローズド・シラブルの発音です。
[図4:“Dragon Night” サビのクローズド・シラブル]
さらに、同じく1番サビ「スターリースカイ、ファイヤーバード」では特殊な発音が行われています。歌詞の表記では「スカイ」「バード」であるにもかかわらず、実際には「スカイス」(もしくは「スカイズ」)、「バーズ」と発音しているように聴こえる点です。
読者のみなさんは、日本語ではカタカナで単数形で書いているが、実際には複数形で発音しているだけ、と考えるかもしれませんが、それだけではないとぼくは考えます。
むしろ Fukase は、複数形であることを言い訳にすることで、英語的なクローズド・シラブルの効果を利用したかったのではないでしょうか。
仮説: Fukase はクローズド・シラブルを指向している
なぜか?
- 「スカイ」が「スカイス」になると、“i” で終わるオープン・シラブルから “s” で終わるクローズド・シラブルに変更できるから
- 「バード」よりも「バーズ」、すなわち “dz” の方が “d“ よりも聴き取りやすいので、クローズド・シラブル的な感じををより強調できるから
[図5:Fukase の複数形とクローズド・シラブル化]
試しに、「スカイ」と「スカイス」の比較、「バード」「バーズ」の比較の音声を録音してみました。
「スカイ」「ファイヤーバード」の発音
語中のクローズド・シラブル化
さて、ここまでは語末のクローズド・シラブルについて説明しました。
次に、語中で現れるクローズド・シラブルの紹介をします。特に、日本語なのにクローズド・シラブルで発音されている例です。
たとえば1番サビの「僕たちは友達のように歌うだろう」というフレーズを聴いてみると、次のような発音の切れ目があることがわかります。リズム上では「う、たうだろう」あるいは「うったうだろう」と跳ねているように聴こえるはずです。
「うたうだろう」→「う・たうだろう」
取り立てて「タ行」の子音に注目してみていきたいとおもいます。
(注:以下では「タチツテト」の音を便宜的に、「タ行子音」と総称したいと思います。タ行の音は英語風にローマ字表記すると「t/ch/ts」のように、まるで別の子音のように表記されますが、日本語では区別されずに同じ子音のグループだと認識されています。その事実を反映するためです。)
1番のAメロでは次の通り、発音上の細かい切れ目があるように聴こえます。
これが Fukase が行っていると思われるクローズド・シラブル化です。
「いちど」 →「い・ちど」
「おとずれる」→「お・とずれる」
「たたかいも」→「た・たかいも」
「あって」 →「あっ・て」
「しかたない」→「しか・たない」
「あると」 →「ある・と」
同様にサビでは、
「ぼくたちは」 →「ぼく・たちは」
「うたうだろう」→「う・たう・だろう」
2番Aメロでは、
「きっと」 →「きっ・と」
「きずつけて」→「きず・つけて」
「いたんだね」→「い・たんだね」
2番サビでは、
「たたかいは」→「た・たかいは」
この視点に立って、2番サビに出てくる「コングラッチュレイション、グラッチュレイション、グラッチュレイション」の繰り返しをみてみましょう。この箇所には特にクローズド・シラブルの指向が見てとれるとおもいます。
英語辞書でシラブルを調べると “Con・grat・u・la・tion” ですが、 Fukase の発音では次のように切れ目を強調することで、語中でのタ行によるクローズド・シラブルの効果(「ぐらっ・ちゅ」の反復)が生かされています。
「こんぐらっちゅれいしょん」→「こんぐらっ・ちゅれいしょん」
「ぐらっちゅれいしょん」 →「ぐらっ・ちゅれいしょん」
(注:なお、この単語では、複数形にしていた1番とは逆に、一般的に用いられる “Congratulations” と複数形にはせずになぜか単数形の “Congratulation” という発音がされています。どうしてか、考えてみましょう。)
このテクニックについては、以前に宇多田ヒカル論で「半シラブル化仮説」として紹介しました。
簡単に説明しておくと、モーラ的なフレーズにおいても、子音を極端に強調して発音することで、その前後にシラブル的な切れ目を作り出すことはできます(前回は「宇多田カット」と呼んでいます)。これにより、日本語には存在しないはずの「シラブル」を擬似的に発生させるということ。それを半シラブル化と呼んでいます。
[図6:半シラブル化のステップ]
半シラブル化仮説については、抽象的な議論に終始させることは望んでいません。それよりも今生きている作品やアーティストを分析することでこの仮説を育てたいと思っています。
というわけで今回は SEKAI NO OWARI の “Dragon Night” を取り上げました。
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