特定の楽曲の観察ではなく、数え方そのものを決めるカードである。
日本語歌詞の音韻は、音声ではなく音素の層で見る。実際の響き(「じ」の [dʑi])ではなく、体系の側の単位(/zi/)で数える。
根拠は活用にある。日本語の活用は音素の層で規則的になる。「立つ/立ちます/立った」は音素なら /tatu/ /tatimasu/ /tatta/ で語幹の /t/ が保たれるが、音声に寄せた綴りでは tatsu / tachimasu / tatta とばらけ、同じ子音であることが字面から消える。歌詞は活用形をまたいで音の一致を見るので、音素のほうが扱いやすい。
音声よりも音素のほうが日本語歌詞には深く機能するのではないか、とも見ている。これは数えて確かめてはいない。音声の層まで追い込む分析もありうるが、まず音素で足りると考えて進めている。
清濁は一律に決めない
「か」と「が」を同じ /k/ として扱うか、別の音として分けるかは、分析の局面ごとに選ぶ。
- 子音ピボットの軸を立てるときは、清濁をまたぐことがある。「カ行子音」の軸に k と g の両方を含める
- 反復の一致を見るときは、清濁を類音として扱う。「た」と「だ」は近いが同じではない
**どちらが正しいかではなく、どの層で見るかの選択である。**カードごとに、どちらを採ったかを書き分ける。
一律にしないのは、粒度が対象によって変わるためである。**作家ごとに違い、同じ作家でも作品ごとに違いうる。**規則を先に決めて当てはめるより、その作品で説得力のある説明を選ぶ。
用語集の「有声↔無声交替は類音の一種」という分類を、この方針が置き換えるわけではない。